いつか夜の雨が
Y先輩に糸魚川の峪で採ったというコゴミを沢山いただく。離れた職場まで夕方届けてもらいありがたい。家に帰りさっとゆでて醤油とおかかで、「越の景虎」の肴にした。口の中に初夏の香りが広がり、自然に渓流に生えているものがこのように奥深い香りを持つと言うことに感激。本日は栄寿亭のカツ丼、駅中のスタバ、シンフォニーロードの花と研修の昼休みに高崎市内をうろうろした。後はOA室に缶詰状態。豚インフルでもないのに明日は晴れて暑いというから外現場で働こう。
Y先輩に糸魚川の峪で採ったというコゴミを沢山いただく。離れた職場まで夕方届けてもらいありがたい。家に帰りさっとゆでて醤油とおかかで、「越の景虎」の肴にした。口の中に初夏の香りが広がり、自然に渓流に生えているものがこのように奥深い香りを持つと言うことに感激。本日は栄寿亭のカツ丼、駅中のスタバ、シンフォニーロードの花と研修の昼休みに高崎市内をうろうろした。後はOA室に缶詰状態。豚インフルでもないのに明日は晴れて暑いというから外現場で働こう。
君のこといつも考えていたら上唇にまたヘルペスができてきた。吹きだしそうな君への思い。これがほんとの恋ヘルペス。 なんてな 山田君座布団持ってっちゃいなさい。
尾崎豊が死んだ日はボランティアの連中とワゴン車でキャンプの下見だった。寝坊の彼らは朝のニュースや新聞をみているはずはなく、バラキ高原に向かう碓氷バイパスのへんで、「今朝尾崎が死んだね」と話すとT美もK美ちゃんも、M君もN君も「知らなかった」とすすり泣きを始めたのを覚えている。おじさんは35歳、彼らは17歳か18歳の若葉の頃だった。
何故かN君がバッグに入れてたカセットの「アイラブユー」を流してみな泣いていたワゴンでひとり戸惑うおじさんであったのを覚えている。
結婚式に呼ばれたり、子どもが小学校にあがった、離婚したなどと聞くと、彼らとの活動も遠い昔のように思え私は老いた。「尾崎解禁」のCMをみて今は会わなくなった彼らはそれぞれ、あの日のことを思い出してくれているだろうかと、ひとり公園の事務所で緑色になったプールを見ながら弁当を食い、昔を思い出している。「もうここまでか」と思うことが多くなり、仕事を通して感動の日々だった頃を懐かしんでいる。そうとうやばいっす。
かつて嫌な思いをした藤岡市の某病院で母のMRIを撮る。段ボールの箱が置いてあって汚らしかったロビーは綺麗に整頓されていて、職員の応対もよかった。MRIを撮った技師がストレッチャーごと母を車に連れてきて乗せてくれたのもありがたかった。叔母が最後を迎えたとききびしい闘病のすえの死に顔をみた母がしばらく寝込んだことがあったがそのときの病院なので紹介状を書かれたものの前回につづき嫌がっていた母もいくらか病院が改善され、少し安心していたようだ。藤岡中央高校の生徒が部活中に異変がありMRIを撮りにきていた引率の顧問に「私も足がしびれてねえ」と無意味に話しかけるほど元気であった。全く息子と違いよく話す婆さんでうるさい。「○○病院に行ったらおしまい」という評判から脱却したいのかなあと病院経営のきびしさも感じた。噂の事務長がいなくなったのかなあと妻と話す。
夕食は中居町のユニクロの前のともやで背脂たっぷりの味噌ラーメン。いつも後悔するのにラーメンというとこってり味の大盛にしてしまう。長生きできませんなあ。今月まで夜はギョウザ無料であり、貧乏人は大喜びであった。そのまま一家はユニクロに行くも明日のバーゲンまで待とうということになった。明日も来るのかいな、腕を取ったら相撲巧者
こんな午前5時にはプッチーニか文楽の落語に限る。このところ記憶を失うほど酒を呑んでいなかったが昨夜ははしゃいでいるうちによく判らなくなった。看護師とのやりとりに感情の起伏をあらわにし握手などをしていたママンの子であることを嘆いている自分がいたからかもしれない。
ビタミンもとらねば。ビタミンを含む水分だ。
知り合いの家の池ではえた鯉の赤ちゃんはわが家のグッピーちゃんの子どもほどの大きさしかなくて可愛い。池の中で必死に泳ぐ姿はこれから送る長い人生の哀しみ(鯉生か?なにやら新しい発泡酒の名前のようだ)などを全身で表現し、世界中の詩歌の何億篇にまさりおいちゃんを感動させる。
ウーム家人が目覚めたようだ。きびしい朝の日課がスタートだ。即刻筆を置かねばなるまい。
何とか映画祭の会計監査の準備が終わって今月曜日の午前1時30分。昼間の埴の学習会は新緑のむせ返るような牛伏山のふもとでおこなったが、午後の批評は若い小夜さんのはっきりとした評は小気味良かったがあとの人のものは怒りたくなる程退屈だった。 何でドリセンの研修室にかんづめになりこんな退屈な午後を過ごさなければいけないのかあと嫌になってきた。帰りに体調を戻して歌を作り始めた小夜さんと、変わって来た彼女の作風の話をしようと思って待っていたら、会計の関根さんがおいでおいでをして「いっしょにお札を数えてよ」というので集めたお金の計算。支払いを済ませたカウンター付近にすでに小夜さんの姿はなく、瀬川さんが筆を置いている今、歌会がどんどんつまらなくなっている感じがあるなかで、また半年後しか話が出来ないかと思うとさびしい。
つまらない歌はつまらないとはっきりいわないとストレスたまりますなあ。
馬庭の菊池さんに石原町の滝田吉一先生がなくなられた話を聞き愕然とする。高崎映画祭の茂木さん、滝田先生など自分の30歳代以降の精神形成に大きな影響を与えてくださった「心の師」がどんどんいなくなる。せめて埴の山下先生には早く長い放浪の旅を途中で切り上げ戻り、私達を叱咤激励してもらいたい。細野さんの午前中の先生のお話に悲しくなってきたのである。
急に職場環境が変わり、心の師匠を失い、老母は体調が悪く、子どもはVサイン(本日の埴学習会参加者落ち)を出したし、どこかバランスを崩してもおかしくない状態に自分がいる。
されど私の人生は。
シネマテークたかさきで観た「シェルヴールの雨傘」はカトリーヌ・ドヌーヴの綺麗さだけの映画だと思っていた。全編セリフが歌曲になっていて、郵便配達のおじさんまで歌いながら郵便を届ける。「こりゃたまらん」と思っていたらさにあらず。アルジェリアに徴兵で行った恋人を待つうちに心変わりして、他の金持ちの男と結婚するドヌーヴは打算的な女に描かれていて、恋人を引き裂く戦争の悲惨さを訴え、戦場の場面のない反戦映画でもあった。母親が経営する雨傘店と前の男が戦争から帰ってきて経営する雪のガソリンスタンド、娼婦のいる怪しい飲み屋、海辺の4舞台しかない映画だったが、とても上質な映画だった。赤字の雨傘店を経営する母親役の女優(おいちゃんはこの女優のほうが綺麗だと思った)とドヌーヴがサンローランだか誰か一流のデザイナーの服を全編着ていて、服のデザインをみているだけでもうっとりとさせられる。
やはり志尾さんたちの選ぶシネマテークの映画は間違いないよモギ師匠。
古典と言われる映画をもっと観ないといけない。カサブランカなどもボギーが気取ってるスチールしか見てないと下らない映画にしか思えないが、ボギーは反政府の地下の活動家だったり、ビビアンリー(だったか)との別れの場面なども奥が深い。書店などにおいてあるワンコインのDVDを買ってみようかとと思い始めている。
酒を飲みすぎた朝のいつもの悪い癖で早朝の目が覚める。昨夜は歓送迎会で女のいる店などに出かけよく笑った。弱いのに酒を毎日飲む人は食道や首から上の悪い病にかかるという説は本当のようでこのところ夕食が深夜にいたる生活も相俟って、食道がおかしい。酒を飲んでないのに夜中に嘔吐感で目覚めることもある。やばし。
明るくなると目が覚めてしまう「木の芽吹き時」の病は、渓に出れば治る。浅間山から降りてくる硫化水素の匂いや、利根商業の子ども達の歓声に包まれて竿を振る湯尻川や利根川の本流に出かけたいものだ。カワガラスがそばまでやってきて石の上でこちらを見ているなどという状況で握り飯を食う早朝なんてものはああた、至福のひとときでございますよ、これがまた。このところ毎日通勤で聴いている「一個人」の付録CDの圓生の口ぶりが移った。
職場の環境が良すぎて仲の仕事は沢山あるのだけれど、外にいる時間が多くなり陽に焼けてしまう。これはよくないので、ビタミンを毎日とるようにしている。サプリメントは金がかかるのでもらったオレンジやキウイなど夕食後に食わないと物足りなくなってきた。家人とその日の出来事などを報告しながらくう「果実の時間」は今大事な時間帯となっている。
たわわな果実なんてえものに会ってみたいものだが。君は志賀直哉か。
裏庭に朝の東南の光が当たる場所を見つけ畳一枚ほどの畑にした。苦土石灰と鶏糞をほどこして10日ほどたつ。家の造成の時の搬入された盛土で粘土質の固まりが多く、大変だが日曜のNHKの西条秀樹とともに旨い野菜を作りたいと思う。妻の実家の義父が野菜づくりの天才であるので指導を仰ぎたい。自作のレタス、トマトでサラダを食いたい。なめちゃんと腹ペコあおむしとの勝負であるが。こんなところで勝負しているばやいでないが。弟子の石川君の予選落ちにはがっかりであるが今後も頑張って欲しい。
町立図書館でコールドプレイのCD借りる。ブライアン・イーノのプロデユースらしいアルバムだ。世界中で何千万枚売れたアルバムを今頃初めて聴いたというおっさんは寂しい。相当時代に乗り遅れている。5の付いた今週の日曜日にはTレックスとサイモン&ガーファンクル、ビートルズ、広瀬香美、ELTなどを借りて子ども達に笑われる。
人事異動が決まってから残務整理、父の七回忌、職場の引越しなど目まぐるしい10日間であった。七回忌のあとはベイシアの巻き寿司で軽い昼食を済ませそのまま湯沢のいつも泊まる宿へ。40年ぶりに3人兄弟でいっしょに雪の降り続くなか露天風呂に入った。色々あった3兄弟だが父親の死があったからこその再会であると老母は涙を流して喜んでいた。少し哀しい喜びである。
新しい職場はケツが落ち着かないような課題があり口もききたくないような日々が続くが、FMぐんまに最近パクられた「声だしていこうぜ」をいつも心のなかでつぶやきながら、川風を浴びている日々である。
何となく疲れていて空耳アワー特集までには眠ってしまいそうだ。体重が1年間で12キロ減ったことを心配してネットで調べものをしているところを妻にのぞかれ、湯沢の「ぽんしゅ館」で買ってきた「越乃景虎」を止められているのであるが、朝5時から仕事に出ていた妻が眠ってしまったので、開栓しちゃうかと思う午前0時である。