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出不精なのに出ると「むしろっぱたき」

 書く年賀状と来る年賀状が年を追うごとに少なくなってきた。新しい人間関係ができても年賀状をかわすということがなくなっているとも思うが、出会いが少なくなってきているような気もする。

 子どものPTAの役員を受けたら学年委員長という人が張り切っていて「飲み会やりましょう」「一期一会を大切に」みたいな人で「市議選でも出るのかなあ」などと思ってしまう。高校の役員なんだからもう軽いつきあいでいいんじゃねえかなあと、飲み会の2次会は断るようにしているが、そもそもそういう斜めに構えた姿勢が良くないのかもしれない。

 酒精づけの年末が終わり、掃除片付けの年末となった。毎年同じことの繰り返しである。今年もあまり映画も見られず、読んだ本も少なくなった。このまま定年になってしまうのかなあと思うとどうにもやりきれない。まあ仕事が変わったのが今年のいちばんの出来事かなあ。それと高崎映画祭のモギさんの死。飯島愛の変死もやりきれないほどつらくさびしい気持ちにさせられる出来事だった。

 「生きるとは」「学問とは」といつも姿勢正しく「歩く人生訓カレンダー」といわれる家庭での父親が「たらいまー」と帰って、ソファか浴槽でプカプカ眠ってしまうという豹変ぶりに子ども達が「けっ」とつばを吐く忘年会デイズが終わってとにかくよかった。酒づけの日々はよくない。大晦日から正月にかけての酒のこともあるので少し控えよう。酢蛸だ、伊達巻だ、昆布巻きだ、熱燗だ。ばかたれそんなことばかり考えておらず換気扇でも磨け。

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靴投げたろかあ?

 クリスマスには飢餓や戦争、愛に恵まれない子ども達のことを考えなさいと教えてくれたのは聖書ではなくてジョン・レノンだった。おいっ寅、そうゆうことをゆうてはいかん。アクセスが増えるぞ。

 早朝からの障子はりとイルミネーション飾り、ツリー出し、お風呂ジャバ、危険物仕分け、布団干しが終わった。やれやれ。

 美弥ちゃんはお祭り好きで、地元のみこし同好会に入っているとかで、夏になると「どこそこで担いできた帰りそのままなのよお」などと油で固めたような頭のままバイト先の「フライパン」に来た。「フライパン」といっても椎名誠がサラリーマンのころ昼飯を食っていた新橋店ではなく下北沢店だけど。その日はクリスマスイブでなんのあてもないわしは寂しい気分でコンビネーションサラダの盛り付けなどを厨房でやっていた。美弥ちゃんは中越典子みたいな美人で、彼女のいない男たちは「美弥ちゃんは来ないだろうけどイブだからロフト(昔はロフトといえばライブハウス)で飲むかあ」などと話していると、「あたしも行くよ」と美弥ちゃんが会話に入ってきた。ちゃきちゃきの娘だから美弥ちゃんはどうせ彼氏と今夜はくんずほつれつだあ(おげれつっ)と想像していたわしは、うひょうと喜んだ。彼氏いないのかあ、切らしてるのかあと、ロフトでサントリーの白のボトル(安かった)を入れ、べろべろになるまで飲み、何故か酒の強い美弥ちゃんがさらに飲みすぎて、吐くのを介護し、おんぶし、家まで送ることになった。奥沢だか、代沢だかロフトから歩いていけるところにあるという自宅にいってびっくり。門から家まで50メートルくらいある大邸宅で、門をあけたら血統のいい犬が走ってきた。大金持ちの娘だった。

 多分失恋して深酒したと思われる美弥ちゃんとはその後、ただの飲み仲間で終わったが、一度だけ祖師ヶ谷大蔵の駅前でふざけてキスをしたことがあったが、どろどろとした性愛関係にならかったのは悔やまれるようなそれでよかったような。若い頃のクリスマスの思い出だあ。

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こどもたちのためのドリーム・ミッション

 星空の映画祭はとうとう「崖の上のポニョ」を3月29日にやることになった。今から混乱がないように整理しながら準備をすすめる。もう大変なんっすから。

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ギョーカイの忘年会か?

 録りためていた「風のガーデン」を2本続けてみているうちにサキヨミの勝間和代スーダン報告の時間になり、テレビに切り替える。つい最近カツマー(ファンのことをそう呼ぶらしい)になった私は動く勝間和代さんを見るのは初めてだったが、スタジオの勝間さんも、スーダンの現況報告の勝間さんも、体全体から発散するすさまじいオーラのようなものがあり、3児の子どものシングルマザーでありながら膨大な執筆活動を続ける人はすごいと感じた。ODAなども問題点も承知のうえで、「チャボ」などの募金活動を続けるために、悲惨なスーダンの現状を訴える様子は鬼気せまるものがあった。失礼ながらもっとおだやかな人かと思ったら、ハンパでない読書量と執筆量がうなづける感じの人であった。ますますファンになるのであった。

 小さい浴場なのに浴槽の縁に首に細いチェーンのネックレスをした体格のいい男が寝ていた。久しぶりにきた温泉なのに、いやだなあと思いながらも目をつぶり入っていたら、バッシャアンとその人がこちらに落っこちてきた。眠っていて落ちたのかと思ったら、別の男が仁王立ちしていて、私のほうをあごでさした。どうやら「寝そべっていたら迷惑だろう」と寝ていたチェーン男を蹴っ飛ばしたようだ。これは大変なことになったとビビッていたら、落とされた男は何もいわない。蹴飛ばした男は洗い場で股間を洗っている。よく見ると男の背中には両胸もあらわな弁天様の絵が描いてある。蹴飛ばされた男の背中にもよく見ると昇り龍がいる。兄貴分が弟分を「私に迷惑をかけてる」とばかりに蹴っ飛ばしたのだ。

「畜生せっかくの久しぶりの温泉なのに」と出るのはしゃくで洗い場にいくと、落とされた昇り龍が洗うイスをすすめてくれた。「どうも」といって洗い始めたが、、そのお風呂場の洗い場の構造は悪く、私の体から出る泡がすべてその男の足元に流れる勾配になっていたのだ。体を洗っては泡が行き、頭を洗っても泡が行く。そのたびに男がジロリとこちらを見る。

 思い切って「泡がみんなそちらに流れてすみません」と謝ると、「気にしないでください」という。タトウー男2人と私で気が気でない入浴タイムを過ごしていると、背中に絵の描いていないおとなしそうなおじさんが入ってきた。「よかったあ」と思ったのもつかの間、そのおじさんは弁天おじさんと話はじめた。あとから来たタトウーなしの人も話に加わり、「業界人の泊まりの忘年会かあ」とますますビビッた。

 何度もゆすげず頭がかゆいまま帰宅したが実に腹立たしかった。そうした業界の人を恐がるのは古典落語やコントのねたにもなるが、本当は善良な市民生活のなかに入り込む恐ろしい場面だと思う。ホテルや日帰り温泉などに行くとフロントに「そうした人はお断り」と書いてあると、「そうした人が来るところです」と宣言しているみたいで、マイナスイメージとしていたが、昨日のようなことがあると、護摩札も必要だあと思ってしまう。

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二日酔で自宅軟禁豆状態

 地元の忘年会で鳥ひたすら食って、めちゃくちゃ酒の強い地元選出青少年育成団体の会長と調子付いて日本酒がぶ飲みしたら、朝唇の周りが黄色く硬くなり、頭のてっぺんに紅い肉片が飛び出てきた。カフカか?

しめきりをとうに過ぎて同人達の歌が出揃っているのに書記のわたしの作品がまだで、今朝は6時に起きて歌を作った。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司

 短歌はすごいと、始めるきっかけを作った歌だ。寺山修司はありあまる才能を短歌では飽き足らず「田園に死す」などの映画や天井桟敷なの演劇活動に、表現の手段を変えていくが、短歌の作品の中でも何度も親や家族を殺していく虚構の世界はわしの歌づくりの手法にもなっている。上毛文芸などに羅列される「孫がかわいい」「友達が悪い病気だ」「死んだ夫がなつかしい」などと私生活をさらけ出す短歌には辟易させられる。

 とはいっても放浪志願、不倫願望、仕事のストレス、自殺志願、家庭内別居といったものしかわしにはモチーフがなくて、歌作りも行き詰っているのだが、屈折した精神構造をさらけ出すことで、日常の狂気から救われるという表現方法をほかに見つける気もなくだらだらと歌を作っている日々である。

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若大将エレキを弾いてしびれさせて

 C0942872                            昨夏に星空の映画祭の野外上映会で上映した「花よりもなほ」が、復讐しない侍をテーマに、デタラメなイラク戦争をしかけたアメリカ史上最低な大統領を批判するという要素を持つ映画なのに是枝裕和監督の評価は低いとモギさんが怒っていたがどうやら「歩いても歩いても」は今年の邦画の映画賞を総なめにしそうである。夏川結衣と阿部寛の「結婚できない男」コンビがとてもよかった。夏川結衣という俳優はおじさんにとっては、毎晩角瓶を飲む気にさせる小雪についでセクシーな人で晩飯に誘われたら共にすることはやぶさかでない。希木樹林も原田芳雄も夫婦でいることの悲しみをとてもよく演じていた。

 ということでWにチャリで髪を切りに行った息子を待ち、豆腐とネギと白菜を弱火で煮る夜である。「その頭でどこを切ってきたんだあ、日本男児は角刈りだあ」とまたひと騒ぎせねばならない。角瓶も残り少なくなってきた。醤油とみりんで煮た大根も荒熱が取れて味がしみてきたろう。

 ジビエの材料なら毎日のように仕事で追いかけているのだが、本日のたんぱく質は少し入れた鳥の肉団子だけだ。イノシシくいてえ。シカの腸もくってみてえ。野菜ばかりでだんだん枯れていく。

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遠い日は蒼い馬さ煙るように駆けてゆく

 えーとニフティのブログにはアクセス解析というのがございまして、一日のどの時間に何人の人がアクセスしてくれたか分かるようになっています。同じ人が何回アクセスしても、一人としか数えないカウンターが、利用者しか開けないところにあるのですが、毎日ほぼ7、8人の人がアクセスしてくださっているのが確認できているのです。しかし本日は38人の人がアクセスしました。

 理由は簡単。色々と言葉を検索した結果を何かに使う人がいまして、子ども達がひどいことにならないか、思想的に危険な人はいないか、脅すネタはないか(こわい)などで検索している人がいるようです。先日は私らがガキのころのケンカの技で、ある特定の民族を揶揄するときに使う言葉を書きましたら、25人ほどアクセスする人がいました。

 夜中の2時に一人の人が開いてから40回ほど色々見てくれたこともあって、日を追って日記を読んでくれているのだなあと感謝もするが、検閲だとこわい。日ごろ憎からず思っている営業3課の真由美さんだったりすると嬉しいのだが。

 ご自分のブログにアクセスが少ないと思っておられるブロガーの人はデンジャラスなワードを載せればアクセス倍増しますよ。

こわいっす。

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世界中を怪物が歩き回っている

 ここ数日の税金の滞納整理は今までになくつらい事例ばかりを間のあたりにするので、町に出て気持ちがしずんでくる。取引先の倒産、解雇になったなどきびしいことばかりだ。弁証法的唯物史観などというものを持たない人でも「資本主義や自民党政治の崩壊」ということを現実のこととして感じているのではないかと思う。「不況だから」と首切りを続け、数年後には「史上空前の収益」などということにならないのではないかと思う。

 みぞゆうのおじさんは「みんな暗いよ明るくなくちゃあ」と元気を売り物にしたが、大衆が求めている堅実な、知識のあるかつ明るいといったリーダー像とは程遠く、ますます国民の心を暗く沈ませることになっている。

 先日の中居くんのテレビのミートホープの告発者の特集は考えさせられた。60歳を過ぎて田中社長に営業の手腕を買われ常務になった人が告発のデータを揃え、造反者を結集し、「行政指導で田中社長にやめてもらおう」と農政事務所に行くが職員は「データの信憑性が」と躊躇し取り合わない。仕方なく朝日新聞に情報を売る。地方局の記者は驚き手に負えないと全国規模の報道にする。

 告発者は正義のためにおこなったのだが、親戚から「余計なことをした」と絶縁され、会社を解散させ仲間を路頭に迷わせたことを気にやみ家族と離れて長野で一人暮らしをしている。出演したスタジオの無責任なタレントたちは「何故マスコミにうらずに社長に言わなかった」「あんたも偽肉で給料もらい食っていたのだから同罪だ」と責める。「あなたたちは田中社長の恐さをしらない」と切り返えしていたが、多分常務の親戚に嫌がらせを繰り返してきたのは「闇の社会」の人たちだろう。またその常務は娘さんがまだ大学院生で生活費のこともあり告発をためらっていたとのこと。

 振り返って自分が、行政指導で事件を穏便に解決できたかもしれないのにしなかった北海道の農政事務所の役人だったらどうか。「うさぎ肉」などとあるデータを信じ動きだせば、これまで検査をしてきた農政事務所の前任者を追い込み、過去の見逃しの責任を自分たちも何らかの形で取らなければいけない。「信憑性が」と、同じように資料を預かりそのまま保留するかも知れないなと感じている。

 スタジオにきた大学院生だったという娘さんが手紙を読んで、北海道に戻って欲しいと訴えるが、親戚や家族に追われた正義感のある年老いた元会社人間は悲しかった。サラリーマンもつらいものだ。

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温かい甘酒をごちそうさま

 普段映画を観ない人が沢山あつまる上映会であったので、対処を要する課題が残ったが、『クライマーズ・ハイ』は予想外の盛況ぶりであった。新聞社のやり取りは激しすぎてご高齢のお客さんにはセリフが耳に入らなかったのではと心配したが、満足していただいたようだ。最終上映の回の時間にはすっかり暗くなった外で、まちづくりを考える若い人たちがイルミネーションの点灯式をやっていた。ホワイエで町の未来について話し込んだりと、「この町に住んでいるのもなかなかいいなあ」と思わせる一日であった。

来てくださったすべての人たちに感謝。次回上映の構想も固まり、新しいスタッフも3人増えて、星空の映画祭はさらに続く。財政的に、こけられないつらさはさらに続くが。

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